第14回 苗場山・鳥甲山大会

第14回登山フェスティバルを終えて

日本山岳協会 顧問(元会長)
大会主宰 坂口 三郎

 岳人の憧れる秘境、秋山郷の東西に対峙して聳える名峰、苗場山と鳥甲山を会場として開催された今回の大会は事故も無く、成功裡に終了することができました。

 これは偏に、全国各地から参加されていただいた山仲間の皆さんの友情と、松田実行委員長はじめ地元スタッフの皆さんの周到な計画、準備と骨身を惜しまぬ努力のたまものでありまして、改めて感謝いたし、心から御礼を申し上げます。

 秘境なるが故に、百名を超す大部隊が押しかけますと、オーバー、コース等の問題が発生し、非難を受けるのではと懸念しておりましたが、夏の「さかえ倶楽部スキー場」を活用することによって、見事に解決し、運営もご立派でした。難を申しますと、愚生を含め歩行速度が遅いため、時間がかかり過ぎ、お別れ会が大幅に遅れ、大会運営に支障を来し、皆さんに大変なご迷惑をおかけしたことであります。今後一考を要する問題であり、自ら反省している処であります。

 ご承知と存じますが、栄村は数年前の度重なる地震に見舞われ、大きな被害を受けました。今大会が復興の一助にもなれば幸いでありますし、栄村の一日も早い復興を願うものであります。

 佐藤一斎の「言志録」に『少(わか)くして学べば、則ち壮にして為すあり 壮にして学べば、則ち老いて衰えず 老いて学べば、則ち死して朽ちず』 の言があります。これを頭に入れて、今後の人生を楽しみたいと思います。来年も又お会いしましょう。

 終りに、大会に関係した全ての方々に感謝申し上げます。有難うございました。

 


第14回坂口登山フェスティバルの御礼
信州の最北 秋山郷大会

長野県山岳連盟 顧問
大会実行委員長 松田 美宏

 第14回坂口登山フェスティバル、信州の最北である、苗場山・鳥甲山大会に大勢のみなさまのご参加をいただきありがとうございました。図らずも天候に恵まれませんでしたが、みなさん華やかで「泥中の蓮」でした。毎年、雨降りと晴れ間に一喜一憂していますが、今年は天候クジ運に恵まれなかったようです。

 講演会は「苗場山麓ジオパーク」この地は私にとって熟地でしたが、講義内容は新鮮で学ぶことが多くありました。「佐武流山登山道復活作戦」5年前、相澤さんにお世話になり、登山道整備で、坂口主宰と、私や仲間たちが参加させてもらいました。参加とは名ばかりで案内して頂いたと言った方が適切ですが、今後の活躍に期待しています。ラマさんの「ネパール震災報告」昨年皆さんに募金いただいた御礼と報告で、ネパールのみなさんのお役に立って良かったと思います。

 山頂ヒュッテの「山歩きを安全に楽しく」中嶋さん救助隊長時代のお話、眼光鋭き眼差しから、今の温和なお顔つき、お話上手ですね。大蔵さん「鈴木牧之の雪国の生活から」雷鳥のヤキトリ話まで、講演・講話は、みな楽しく有意義で楽しく聞かせて頂きました。ありがとうございました。

 平成23年東北太平洋沖地震は今もNHK「あの日わたしは」で放映されています。
震災の翌日、栄村大地震(長野県北部地震)が発生しました。例年、私は春先に栄村に来ています。この地の雪解は遅く、長野から日帰りで登れる残雪の山、北アに負けない素晴しい大好きな場所だからです。その時に訪れた折り、道すがら国道は波うち、橋脚は崩れ落ち、軒並家屋崩壊を目の当たりにして唖然としました。報道で知っていましたが、これほどの被害とは予想しませんでした。現在は復興途上にはありますものの、その中で、栄村のみなさんにはこのフェスティバルに多大なご協力を頂きました。感謝とともに深く御礼を申し上げます。

 参加者のみなさん、素晴しいこの地の、SMFを思い出していただき、少しでも多く方々に知らせて頂きたいと思います。信州登山の際には是非立ち寄りを薦めてください。

東北大震災に加え、栄村の復興・発展を心より祈念申し上げます。
どうぞ皆さん、来年もお元気でお会いできますように。 

 


日本の原風景で思ったこと

長野県山岳連盟 顧問
  大会隊長 大蔵 喜福

 第14回坂口登山フェスティバルは奥信濃の栄村、苗場山・鳥甲山で行われた。生憎の空模様で爽やかな山行とはいかなかったが、しっとりとした風情はやわらかく、安堵感が漂ってまた好(よ)い山行になった。苗場は火山湖が湿地帯の山を形成し、点在する池塘をぬうように木道がつけられている。対峙する鳥甲山は溶岩流の堆積が造り上げた柱状節理の断崖に囲まれた岩山で、苗場とは対照的な山容である。

 このフェスティバルには全国から登山愛好家百人余りが毎年集い、何班かに分かれて一年ぶりに親交を深めそれぞれが登山を楽しむ。こんなイベントはもはや希少価値だが、そのコミュニティは、組織として多くの思慮を含み、その価値と存在意義は年々高まるようである。だが気になることがひとつ、平均年齢の超高齢化?である。永遠に続くようなつもりでいたが、そろそろ登山活動の内容を見直す時期に来ているのではあるまいか?いづれにしても登山活動と70~80歳代の体力との関係は、大事の起きる前に決め事をする必要性がある。大先輩との山歩きは代えがたき経験といえるのだが・・・。

 苗場山班は頂上にある宿舎、自然体験交流センターに宿泊。夜の懇親会では、元長野県警山岳救助隊・隊長中嶋豊さんの体験話からの「安全登山の講話」を聴きながら一献傾け、親交を深めた。毎々その楽しみは変わらない。その後、私の行き当たりばったり講話を聴いていただいた皆様には本当に感謝。私もお酒が入っての話で、失礼したが思い出すままに記(しる)す。→?(山の講話 85Pへ)

 


坂口登山フェスティバルによせて

前進倶楽部 会長
  大会総班長 相澤 博文

 第14回坂口登山フェスティバルにここ栄村へ全国から大勢の皆様にお集まりいただき心から御礼を申し上げます。昨年からの準備を重ねスタッフの皆様にはほんとにご苦労様でした。当日鳥甲山、苗場山、旧草津街道、観光、のグループ分けで秋山郷を楽しんでいただく予定でしたが、天候などで、旧草津街道を変更しての山行になりましたが、雨の中しっかりと楽しんだ様子でした。

 前段で、一時間の時間をいただき、佐武流山の登山道に関しての報告をさせていただきました。特に、私も登山者としてここに移り住んできたいきさつもあり、登山者として栄村の一番高い山に登りたいと思い、道をあけた経過の内容でした。。

 1998年に佐武流山に登りたい人この指とまれ!でボランティアの声がけをさせていただき、3年で山頂に。そしてその後、集まった仲間たち(前進倶楽部)は苗場山まで行こうということになり、その4年後には道、苗場山に。

 ところが、苗場山では湿地帯に道が付いているのですが、そこの自然が守れないと、通行止めでした。佐武流山をあけたときに長野県の自然保護団体からご意見をいただいた経過から、苗場山では、すんなりいきませんでした。自然は強い自然と、弱い自然がある。弱い自然を克服できないこともあるので、通行止め解除については、国、県、村、団体の協議が必要になった。その結果許可が下りた。国立公園特別地区の960メートルの新道が異例の許可で通行できるようになったのです。これは登山者が、自ら整備をすることが評価されたものと思います。今年は足掛け20年になります。当時と違うのは参加する皆さんの年齢、しんどいことも承知ですが、この思いを遂げて、別世界に行った仲間のこともあり、盆過ぎになると、だれともなく行こうと声が集まります。

 現在、森林管理署では、自治体による登山道の管理を望んでおり、栄村の山岳観光にどうかかわるかで佐武流山周辺の魅力が感じられるかという節目を迎えています。

 ナラズ山から見る苗場山は、そんな細かい話を忘れさせてくれる素晴らしい風景です。

 


天赦賞を受賞して

岐阜県山岳連盟 顧問(元会長)
川重OB山岳会 高倉 敦

 私は、今年の坂口登山フェスティバルで参加10回になり、天赦賞を戴きました。毎回、坂口大会主宰、松田実行委員長を始め実行委員の皆さんや班長の皆さんのご指導に助けられて参加を続けている私にとっては、身に余る光栄に存じます。

 70歳半ば頃からは、地元の美濃や飛騨の山以外には殆ど登らなくなっていた私にとって、坂口登山フェスティバルに参加して、若いころに登った信州の山々を再び訪れることができ、乏しい記憶の回路を再生することで、至福の時を過ごすことができました。また、毎回、数々の山の歌を声張り上げて思う存分に歌い、学生時代の歌声運動全盛の時にタイムスリップした気分を味わうことができました。これまでの企画・運営スタッフの皆様に深く感謝申し上げる次第です。

 今回の山行は、苗場山の山頂ヒュッテ宿泊コースを選びました。苗場山の信州側からの登山コースは、私にとって初めてなので、勇んで出かけたのですが、雨の降り続くなかの登り、翌日の泥でぬかるんだ登山道の下りで、スタミナを消耗してバテてしまいました。特に下りでは、昨秋病んだ右目の網膜剥離の再発防止(目に上下方向の急激な衝撃を加えないために、トントンと飛び石伝いに下ったり、尻餅をつくことのないよう)に神経を使い、時間がかかってしまいました。その結果、皆様にご迷惑をかけてしまい、誠に申し訳ございませんでした。何卒お許し下さい。

 今回も、歓迎会前の講演会、歓迎会、山頂ヒュッテでの講話、下山の後の入浴、お別れ会等々、十分に楽しい時を過ごすことができました。心から御礼申し上げます。

 また、開式の朝、のよさの里から雲が切れて全容を現した鳥甲山を眺めながら、一時教えを受けた串田孫一先生を思い出し、しばし感慨に浸ることができました。
 体調を整え、来年も引き続き参加いたしたいと思いますので、よろしくご指導の程お願いいたします。

 


 

「天赦賞」を頂戴して

岐阜県山岳連盟
川重OB山岳会 橋正美

 今年は坂口登山フェスティバルに参加して10回ということで、はからずも感謝状と共に天赦賞を頂戴しました。全く思いもよらなかったことで、ありがたく、かつ感激しております。

 天赦賞の置時計は重厚なクリスタルガラスにはめ込まれ、次のように漢詩が記されていました。

 

              馬上少年過 世平白髪多

              残躯天所赦 不楽是如何

 

 これは伊達政宗公がお酒をきこし召された折の作と聞いています。

漢文、漢詩の類は高校1年か2年の時に教わっただけで、その後は全く勉強もせず今日に至っています。そこでいささかの素養もないのを恐れず、かつ誤りを承知で次のように独自の解釈しました。

 "若い時はただ、ただ一所懸命働いているうちに齢を重ねてしまった。世の中は平穏でいつの間にか沢山の白髪をのせるようになった。時は過ぎて余す寿命も残り僅かである。天が赦し、与えてくれているこの余生をどうして楽しまないのか。大いに楽しもうではないか。"

 ということで、これからもご迷惑かもしれませんが、坂口登山フェスティバルに参加させてもらい、気力、体力に合った山歩きを大いに楽しみたいと思っております。

 ありがとうございました。

 


第14回坂口登山フェスティバルに参加して

山口県山岳連盟 副理事長
ハイキングクラブ山歩 会長 武永計介

 今年もフェスティバルに参加させていただき、ありがとうございました。山口県からは早いもので9回目の参加です。今年も9名と多数でお世話になりました。いつも、松田さんや矢沢さんを初め、多くの方に優しく受入れて頂き感謝しています。山口県から遠路来ますと1山では済まないもので、今回は信越トレールの鍋倉山に立寄ってから、会場入りしました。雪で傾いたブナ林や、オゼマイマイ・モリアオガエルにも出会え、奥深い山々を楽しむことが出来ました。

 前夜祭会場では、2年ぶりに大蔵隊長にも会え、山口県で行っている少年少女登山教室について相談することが出来ました。いつもながらSMFのネットワークを最大限に活用させて頂いています。

 我々の宿泊先はヒュッテひだまりで、オーナーの相澤博文さんとお話ししたり、美味しい朝食を頂いたり、大変良い思い出に成りました。親父バンドのリーダーや映画出演もされておられ、帰りがけに同バンド「ハサン・オール・スターズ」のCDまで頂きました。帰宅後は毎日聴いていて、相澤さんのように自由に生きたいと思いますが、なかなか現実には難しいようです。

 いよいよ本題の登山ですが、日本100名山の苗場山にも引かれましたが、自分ではなかなか選択できない鳥甲山に登りました。いつもお世話になっている土谷暢さんが班長で悪路は有りますが、みんな信頼しきっています。

 夜中に雨が降っていましたが朝には止み、ヒュッテ前の広場から鳥甲山が見えて来ました。中止の声は聞かれず、相澤さんの奥様から「山は急登が続き、アップダウンの繰り返し、鎖場もあり、晴れた日でも大変。今日は雨だからもっと大変ですよ。頑張って!」と激励の声を頂き出発しました。山中では、たいした雨にも降られず、少しスリルが有り変化に富んだ、登山を満喫することが出来ました。ただし、赤ーの肩からの長い長い急な下りは、ぬかるんだ道で、下山後に温泉で洗濯が待っていました。

 いつもながら、前夜祭や宿での宴会も盛上がり、温泉も楽しめ懇親を深めることが出来ました。最後に坂口主宰を始め、実行委員会の皆様に心からお礼申し上げます。

 


第14回SMFに参加して

茨城県山岳連盟 葵山岳会
鳥甲山1班SL 白石忠男

 梅雨になると、また今年もSMFがもうすぐだと思い出します。今年は秋山郷ということで、長野県生まれの私にしても、秋山郷のある栄村は大地震で大被害があったところだとしか記憶がありません。昔から白川郷と並ぶといわれている秘境です。

 今回は、矢澤さん達と鳥甲山の下見山行で、6月25日貉平で待ち合わせということで、出かけました。しかし、途中北関東道の桐生付近でエンジントラブルによりあえなく参加出来ませんでした。水戸までレッカー車搬送と惨敗でした。矢澤さん達に御迷惑をかけてしまい、お詫びいたします。

 7月8日は車の調子を心配しながら、順調に北関東道を進み、関越道に入り、湯沢石打インターに着きました。十日町から津南へ行きました。前回の時に、こんな所でエンコしていたらと思うほどの山岳道路でした。栄倶楽部スキー場の場所が分からず、間違えて、秋山郷の核心部の切明まで行ってしまいました。これこそ、下見偵察でした。これで、秋山郷はものすごく山深いことがわかりました。はるか昔、平家の落人もよくこんなところまで来たものです。文明に恵まれた現代人でもここまで来ることは大変なことです

 栄倶楽部スキー場に1時間位遅れてつき、1年ぶりに皆様の懐かしい顔々に会い感無量です。まるで、天空の天の川の対岸で七夕の時に出あう織姫と彦星の心境のようです。

 1週間前から気象庁のレーダーアメダス合成値予報をよくみていたのですが、どうやら8日は曇り後雨,9日は雨で、10日は晴れとのことでした。

 前夜祭が始まったころ、予報通り凄い雨が降ってきました。前夜祭も年々嗜好を凝らして楽しみが増えてきました。SMF幹事の方の御苦労が偲ばれます。前夜祭終了後、明日の登山にそなえて、各登山グループに別れ秋山郷の宿泊地に向かいました。宿泊地は森に囲まれた静かなところで、まさに秘境です。

 久しぶりの爽やかな目覚めで起き、外へでて、今日登る鳥甲山を見ました。急峻な壁が見えました。第2の谷川岳と云われるように迫力がありました。昨日からの雨は降り続いていましたが、朝食を終え、登山口の狢平へ向かいました。準備を整え、登山の開始です。雨は激しくなったり、やんだり繰り返していました。ガイドブックでみた岩場の万仏岩を通り、つらい登りを続けると展望のきかない白ーノ頭の頂上につきました。ここで、一息を入れて、このコースの最難関といわれているカミソリ岩に向かいました。ガスがかかっており周りが良く見えなくて、またワイヤーロープがばっちりと張られていて恐怖感全くなし。晴れて展望が良いと迫力あると思います。だらだらと登っていくと鳥甲山の頂上につきました。雑木に囲まれ、道標が1本立っているだけで展望がありません。1班、2班ともに山頂で大休憩しましたが、雨と汗で濡れているのでそうそうと出発し、屋敷へ向かい、右手に赤ー沢源頭を眺めながら尾根道を下りました。苗場山のなだらかな稜線が遠くにみえました。この尾根は良くみると凄く狭いのですが左側は雑木に覆われているので広く感じました。尾根の終点の屋敷山の手前で右の折れ、ブナの巨木の中を急下降するのですが、昨日からの雨でぬかって滑りやすく何回も滑ってしまいました。急坂な上に、まして膝が諤々散々でした。苦戦を強いられながら、やっと林道にでました。疲れました。日頃の運動不足がたたりました。予定より1時間位の遅れで、迎えのバスに乗り、のよさの里に行きました。長い1日で全身諤々でした。それでも食欲はばっちり、おいしいバーベキューにビールに疲れも忘れました。

 次の日、昨日と打って変わって良い天気でした。鳥甲山の稜線、岩壁がはっきりと見え、凄さが感じられました。バスで栄村周遊観光に行きました。山深い秋山郷の歴史を紹介している秋山郷民族資料館では、私が小さい頃良く使った懐かしい生活用具も多く陳列されていました。また、マタギについても、よく紹介されていました。ガイドの方の説明も分かり易く、素晴らしかったです。時間があれば、いつの日か、もっとゆっくりと秘境である秋山郷を散策し、苗場山の頂上湿原で闊歩したくなりました。

 お別れ会の会場のさかえ倶楽部スキー場に着きました。苗場山頂組の到着が大分遅れてお別れ会の開始が遅れましたが無事に終わりました。今年のSMFを成功裏に導いた実行委員会に感謝いたします。来年のSMFにおおきな期待と皆様との再会を願っております。

 


第14回 坂口登山フェスティバル 苗場山・鳥甲山大会

ひまわりの会
大会事務局長 矢沢 裕子

 ご参集いただきました皆さま、日頃より支えていただきました皆さま、お陰様で今年の第14回大会を無事に終了することが出来ました。ありがとうございました。一年ぶりの皆さんの笑顔に出会え、楽しいひと時をご一緒出来ましたこと、大変嬉しく思っております。

 神様の采配で、お天気が良いとそれだけで80点は頂けるところ、登山日はあいにくの雨模様。そんな雨だからこそ、より皆さんのサポート力が必要、その力とボランティア精神と、使命感に裏付けられた仲間意識を感じる場面が多く見られたことは大変ありがたく嬉しいかぎりでした。

 苗場山山頂には天空の湿原と呼ばれる高層湿原が広がって、その棚田のような風景こそが苗場山の象徴、苗場山の名前の由来とも言われています。山頂一帯が池塘・湿原なのですから、雨の登山道がドロドロでぬかっているのも頷けます。そんな条件下での登山、仲間のサポートなど、大変だった方がいたことも聞いています。大変さを表には出さずに何気なく気遣い、話しかけてその場を和ませてくださったお話しも伺いました。

 また、松田顧問の采配もあり、どんな場面でも必要なところに必要な人がいてくれました。前夜祭での歌声の最後には自然に輪が出来たように…皆、仲間と共にフェスティバルを楽しもう、山を楽しもうという気持ちの和、仲間意識の輪が感じることが出来ましたこと、とても嬉しかったです。この「嬉しかった!」ことがたくさんあるからこそ、このフェスティバルを続けてこられたのだと思います。また、その回ごとに印象深い出来事が思い起こされます。時に苦い思い出となった大会もありましたが、時と共に懐かしい思い出となっています。あの時はなんて、いつか懐かしく昔話しに花を咲かせることもあるかもしれませんね。

 信州の最北部、秘境の地・秋山郷での開催、栄村の皆さまにも大変お世話になり、ありがとうございました。山にも宿にもその地域の特色があり、観光地ならではの利便性の良さがあったり、山小屋などの不便さ故の良さがあったりします。栄村の皆さまにはとても素朴な印象を持ちました。田舎ならではのお人柄の良さを感じる場面が多々あり、風土は人にも影響力の強いものと改めて感じました。また、村を挙げて歓迎していただきましたことに心より感謝申し上げます。

 「山が魅力的、そして集う人たちが魅力的。」これこそがこのフェスティバルが長く続いてきた所以だと思います。その魅力に熱い想いで応えていただいてきました松田委員長、および仲間の皆さんに感謝申し上げます。

 


第14回坂口登山フェスティバル、終了 ! !

長野緑風クラブ
苗場山3班SL 宮下 慶子

 今回はAコース(苗場山・小屋泊まり)に参加しました。長野市からだと苗場山は日帰りコースなので、かつては夏、紅葉の時期、初雪の日とおのおの慌ただしい山行でしたが、今回は頂上の高層湿原をゆったり堪能出来そう〜と楽しみに。もちろん全国からお集まりになる元気な皆様方にお逢い出来るのも楽しみなSMFです。

 事前に実行委員会から配布された「開催マニュアル」。長野の秘境・秋山郷の限られた地域での開催にあたり各コース・各宿泊・各移動手段等のきめ細かいノウハウのマニュアル完成度にただただ感心してしまいました! スタッフとしてせめて微小ながらお役に〜

 さぁ当日、さかえ倶楽部スキー場に続々とお集まりになる皆様!坂口主宰はじめやはり1年ぶりの懐かしさと共に和やかなムードは変わりありません、ホッとしちゃいます。

 講演会そして歓迎式典、レセプションと賑やかに楽しく時間が過ぎていきます、矢沢さんのおてもやん・宮坂さんの芸達者ぶりには大喝采です、そして神谷さんリードで一緒に歌う時の皆様のノリの良さも!ノリといえば坂口主宰、大蔵隊長、ラマさんの仮装?も流石でした!

 終了後、私は「のよさの里」へ。とても鄙びた風情のあるお宿で、温泉にて癒しのゆったりタイムでした。

 翌朝は皆が集合し登山会の開式、目の前の鳥甲山は 山頂部分がガスに覆われ怪しげな空模様…果たして雨降りです!大蔵隊長の言葉通りに雨具の使用感を確かめます!
 久しぶりの苗場山、結構忘れているもんです。大野さん佐藤さんとご同行、ゆっくりペースだったので大先輩と実のある?お話ししなながら(とても勉強になりましたよっ)しっとりした山を楽しみながらの登り、木道から先は迎えの若者たち3人も加わり広大な山頂部の静かな湿原の歩き、ガスの中から現れるワタスゲ・イワイチョウなどの湿原植物に目をやりながら小屋着。皆様お出迎えありがとうございました。

 夜は「山歩きを安全に楽しく」中嶋豊氏、「海外登山の勧め」大蔵喜福氏の山の講話に耳を傾けとても充実したひとときに大満足です。

 最終日! すぐ近くの山頂にご挨拶してから下山。今日は濃いガスで視界は期待薄、でも朝の池塘はなかなか幻想的な趣きバッチリです。雨具も途中から必要なし、きのうは凄かった虫もどうしてかいなくなったので虫除けネットも必要なしの快適さ! 遠くに谷川岳が臨むことが出来、天気が良いのはやっぱいいなぁ〜。まぁきのうの名残で足元の悪さは仕方ないなぁ〜

 下山後、楽養館の鉄分が濃い赤い温泉で汗を流し、お別れ会場へ。事故もなく皆様元気にお揃いで、何よりもホッとしたムードが漂う雰囲気の会場、またの再会を約して最後に手をつなぎ、ひとつの輪になって声高らかな皆の歌声がさかえ倶楽部スキー場いっぱいに響きました!

 楽しい三日間のもろもろに感謝、そして顧問・事務局にも感謝、ありがとうございました。

 

 


苗場山 鳥甲山大会に参加して

長野山の会
SMF賑やかし隊 宮坂 浪子

 今年のSMFは3箇所の分宿でしたので、それぞれの宿へ到着するまでが大変でした。
私は、『のよさの里』でしたが、暗い夜道を何処まで行くのかと思うほど遠く感じられ、宿に着いた時はホッと致しました。『のよさの里』は各部屋が、渡り廊下でつながっており独立した1戸建て静かな良い温泉でとても良かったです。

 翌日の9日 それぞれのコースに別れ登山口へ、苗場山コースは一番大人数で3台のバスで移動し、4班に分かれての登山でした。予想どおり、雨で抜ぬかるんだ道で、カッパの中は蒸れ、上からの雨で全身ずぶ濡れで着替えを余分に持参してよかったと思いました。

 中嶋先生 大蔵先生の講演も分かりやすく楽しく聞かせていただきました。夕食のカレーがとてもおいしく、お代わりまでしました。

 翌日(10日)も雨 湿原が霧に覆われ周囲の景色が見れませんでしたが、時折霧の晴れ間から苗田のような湿原が現れ、わたすげ もうせんごけ ひめしゃくなげの花々を鑑賞する事が出来ました。

 全国から参加されました皆様には信州の自然を満喫されたものと思います。
 多数のご参加ありがとうございました。

 


今年は雨の苗場山

ハイキングクラブ山睦
苗場山3班SL 堀内宏道

 今年は苗場山小屋泊コース3班サブリーダーでした。1日目の天候と相まって雨天のスタートとなり、雨中の登山ではクサリ場も思いのほか難所となり、ご高齢の方が苦戦されている場面が多くありました。SLとしては体調を崩した方や怪我をされた方をサポートしなければなりませんが、今回、簡易的なテーピングや絆創膏など外傷用の備えしかしていなく、軽く考えたのが今回の反省点となりました。

 小屋に到着して、雨具を乾かし雑談していると、遅れている2班の方のサポートに向かうよう指示を受けました。2日目はSLを代わってもらい前日体調が思わしくない方の補助に回りました。福永班長の的確な判断・対応により問題無く行程を終えることができましたが、今後は同行者への準備にも注意を計っていきたいと思います。

 登山としては、1日目 坪場から湿地帯に入るとそれまでの景色が一変し、雨天と相まって幻想的な雰囲気には心躍りました。2日目は良く晴れ、初日には見ることが出来なかった景色も堪能できました。

 久しぶりの登山となりましたが、新しい方と多く知り合い、また、新しい課題にも気づき良い登山となりました。

 


フェステバル芸能部より御礼

うたごえ コーディネーター
神谷 ありこ

 ああ、天気予報は無情にも雨…。山に登るのは大変でしょうね。待機組としては何とか少しでも、心癒される時間を過ごしていただこうと、考えて考えて考え抜いて?「ケッコーな」おもてなしに努めました。

 格調高いフェスティバルの品位を落としてはいけないと心配しつつも、某女史のおてもやん、某姉サマのマドロスさん、南の島よりわざわざお越し頂いたハメハメハ大王御夫妻の姿に勇気を得て栄村の地に無事「コケコッコ?」の雄叫びを響き渡らせることが出来ました。ご協力・ご唱和頂いた皆様に感謝申し上げます。m(__)m

 後のご報告によりますと鳥甲山・苗場山の山頂でも「コケコッコ?」と三唱頂いたとのこと、言葉になりません。これで今後の山の安全祈願はバッチリ!

 国内、海外の名峰の登頂記録は数あれど、「コケコッコ?」を三唱頂いた記録では、間違いなく人類の歴史の中で初めてのことではないでしょうか!!!!! \(^o^)/

 ぜひ、百名山での三唱めざしていただきたいものです。

 …ともあれ、フェスティバルに参加される皆さんが、楽しい時間を過ごそうと、当方の傍若無人な無理難題にご協力いただいている事、この場をお借りして御礼申し上げます。

 特に最終日の待ち時間に、ステキな手品をご披露頂いた三重のOさん、急に引っ張り出されたのにバッチリとダンスで決めて頂いた群馬のFご夫妻、本当にありがとうございました。